② 疏水と庭園


家業(植木業)の「植治」を継いだ小川治兵衛には、明治中期の「琵琶湖疏水」の完成が転機となります。

明治維新後の遷都で人口減に見舞われた京都が活力を取り戻すため、琵琶湖から蹴上への水運を開削したのです。

治兵衛はこの疏水により、湖西から「守山石」を運搬して庭石商を始めます。

南禅寺境内を通る琵琶湖疏水の水路橋(水路閣)