③ 山縣有朋


小川治兵衛が造園家としての名を馳せるのは、元勲たる山縣有朋の別荘「無鄰菴」の作庭においてです。

山縣は多くの別荘をもち、庭園についても豊富な知見を有していました。彼が新たに旧南禅寺境内で手に入れた別荘につき、自然に溢れた情景を表す構想を示しましたが、治兵衛は疏水の水、石、それに樹木をふんだんに用いて、それに応えます。

それが無鄰菴として結実したため、当園は二人の合作ともいえるでしょう。